2025年12月20日土曜日

                                                               

                               髙安ミツ子






















































































































































信濃からマイクロバスで来るのです


信濃から従姉弟たちが来るのです

信濃から郷愁が運ばれてくるのです

突然の知らせに

私は夕立にあったように

心はずぶぬれ

喜びに包まれ

故郷のニセアカシアの香りを思い出していました


体調が悪い私を気遣って

近くのホテルに集まるのです

企画も運転も信濃からです

午前3時に信濃を出発した4家族7人

千葉に入り弟夫婦の家に到着してひと休憩

マイクロバスはさらに弟夫婦を乗せて

一路東金に着いたのです


何年ぶりに会うのだろうか

会うことは これが最後になるだろうが

忘れていたうきうき心が沸き上がってきます

皆微笑んでいるのです

懐かしさがこぼれ落ちて泣きたくなるのです

今味わえるこの喜びは

八十歳になる私へのご褒美だったのでしょうか


九十九里の焼き蛤を食べてホテルへ

九十九里の海は今日の出来事を寿ぐように波うっています

時は止まりません

けれどうれしいのです

辛さや嬉しさを背負い歩いてきた其々の人生を

皆 正論で人の心を測ろうとはしません

誰も声高に自分をひれかそうとはしないのです

只にこやかで優しくて温かいのです

それぞれが人生の終盤を向かい

一度会おうと企画した従姉弟たちと

思い出話や日常が飛び交うのです


子供の頃犀川でメダカすくいや 川の中ほどでカジカ釣り

はたまたつつじが山に咲くころ山で湧水を発見し

秘密の場所とした記憶が蘇ります

山つつじを持ち帰り従姉弟の庭に植えたが

根付いた記憶はないのです

遊びがいつも傍らにありました


夏になると

もぎたてのトウモロコシを茹でてくれた優しかったおばさん

トウモロコシは実っていない個所もあったが

遊んだ後は楽しくおいしく

時を忘れみんなで食べました

時は弾んで夏が終わる感じはしませんでした


故郷を離れた私と弟は

その後も帰る場所としていつも従姉弟たちがいました


呼び合う名前は昔のまま

「やこちゃん ひろちやん まりさん のうちゃん」

呼び合うたびに時代の喧騒は振り払われて

皆の微笑みが時間に溶けていくように思えるのです

郷愁は歳月を越えて

生き抜いてきたそれぞれの物語を集めて

焚火のようになってそれぞれの顔を照らして いたわるのです


刻まれた歳月の佇まいは

11人が刻んだそれぞれの人生を ほほえみという答えで焚火を囲んでいます

この情景を忘れまいと

私は心のシャターで何枚も何枚も撮っていきました


やさしくて温かいこの時間

郷愁は明日への歩みをもしめしています

残り少ない時間を飲み込んで

「お互いもう少し元気でいよう」

励ましあう言葉は 豊かな今日の時間を縁取り

九十九里の波は心地よく繰り返しています


信濃から来た従妹たちに

明朝 海の御来光が見えるようにと願いながら

九十九里の夜は更けていきました

今日の景色にさようならいうように

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